2019年03月14日

寺子屋9期生公立高校入試結果


今日は、本日も粛々。


今年は寺子屋史上、ダントツで意識が低い学年でしたが、
後半上り調子で、チームワーク的には非常にまとまっていたと思います。
特に、人柄がしっかりしている子が多く、
思わず応援をためらってしまうような、
利己的な子、
上昇志向の無い子は、
ひとりもいませんでした。
そういう意味でとてもやりがいがある学年でした。

附属高校  1名/1名
泉丘理数科 1名/1名
泉丘普通科 1名/1名
二水高校  1名/2名
桜丘高校  0名/2名
七尾普通科 1名/1名
七尾文フロ 1名/1名
羽咋高校  1名/1名

いつもは危ないなぁと予想していた生徒が、
まさか合格するということが多いのですが、
今年は、塾としてはあまり記憶にないのですが、
合格すると信じていた生徒が落ちてしまうということがありました。
特に、成績が伸びて、
志望校を上げた生徒が不合格というのは、
18年で初めてです。
大反省です。

成果としては、確実に偏差値70以上をとれ、附属泉丘理数科の攻略がイメージできた。
国語だけを指導して、全教科を上げる方法で結果が出た。
などなど、
いろいろあるのですが、
それはさておきまして、寺子屋開塾以来年間の累計です。


寺子屋9年間累計

県外2名5校 灘、東大寺、西大和、鹿児島ラサール、関西創価
附属2名
泉丘27名
二水16名
石川高専6名
桜丘12名
七尾15名
羽咋12名

来年の受験は節目の10年目です。
10年で30名の附属泉丘が出せないようなら、
進学塾ではないなぁと、勝手にずっとイメージとして抱いているので、
これは何とかなりそうなのですが、
最低限度をクリアしてもしょうがないですので、
少しでも理想としているイメージに近づけるよう、
気合入れ直していきます。


ごんぼっち

posted by ごんぼっち at 16:34| Comment(0) | 寺子屋の指導 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月10日

なぜその大学に行くのか


今晩は、本日も粛々。


寺子屋初の東大現役合格でました。
中1から中3までの間は、


偏差値70以上限定塾長個別指導


で、やっていました。
個別指導って、前職の塾で個別指導部長なんて職務にありましたが、
集団授業に合わない生徒が受講するところ、、、
なんて間違った認識です。
集団のカリキュラムに物足りない子に一番合います。

それはともかく、
その生徒はずっと成績優秀でしたが、
私から評価が高かったわけではありません。

知的好奇心、
考え方の成熟度合い、
なぜその高校や大学に行くか?みたいな部分が、
成績の割に物足りなく感じていたからです。

いい高校、いい大学に合格するのはどうでもいいのです。
問題は、その高校・大学の、
格に合う生徒まで、成績以外の部分でも育てられるかどうかです。

最近、高等学校でも、
そこをはっきり追究しないがために、
受験勉強の後、
伸びきったゴムみたいになる生徒が多いのです。

特に地方から有名大学に進学した生徒は、
東大出身・京大出身者に聞いても、
大学についていけない生徒が多いそうです。
(早慶程度なら、まだ事情は異なるかもしれません)

地方出身者の能力より、
それまで関わってきた大人の考え方のせいで、
大学の勉強についていけない、
勉強を通してやりたいことを見つけられない、
学びから逃走する生徒たちを輩出してしまうのではないかと、
ずっと思っていました。

ですから、正直、この生徒が東大に合格した、というのは、
どうでもいいのです。

その生徒が、成績だけは一丁前の状態から、
自分のやりたいことを探したり、
なぜその大学に行きたいかを考えて選び、
その大学に進学することができたのが嬉しいのです。

そういう意味では、
今年の大学受験で、

筑波大学、都留文科大、星稜大、二松學舍大の進学が決まっていて、
まだ進学先未定が2名と、浪人が1名という状況ですが、
東大合格も彼らも、
等しく価値があると思っています。

それは全員に対して、
なぜその大学に行くか、
どう勉強を楽しむか、
なぜもっと勉強がしたいのか、
その部分をしつこくしつこく説いてきて、
彼らは誤魔化すことなく立派にそれを、
調べたり悩んだりしてくれました。

ですので、
偏差値だけで大学を選んだ子たちのように、
簡単に折れるような生徒、
学びから逃走する生徒にはなっていないと、
勝手に思っています。


ごんぼっち
posted by ごんぼっち at 23:58| Comment(0) | 寺子屋の指導 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月13日

概念が足りないのは、高校生も一緒。

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2月中に何回か入るチラシです。
春期講習用のチラシは出さないですので、
夏休み前まで最後のチラシの予定です。


今晩は、本日も粛々。

低学年は、概念をたっぷりと身に付けてもらう内容になっています。
この時期にプリント学習や、むやみやたらに問題を解くことを覚えてしまうと、
概念ではなく、
単に数字や言葉の操作だけで、
その裏に意味があることを理解していない、
せっかくの勉強の意味を無効化してしまうような、
頭脳になってしまいます。

それは中学生や高校生でも同じことで、
今日の高1現代文の授業では文化論を扱いました。

ところで文化って、
言葉の定義は何ですか?

って、意外に大人でも答えられないような気がします。

言葉の定義がわからない、
具体的にイメージができないのに、
闇雲に難しい文章を読ませたり、
そういう内容の入試問題をやらせることが正しいとされているのが、
今の高校の勉強です。

ですので、
古代の道具・美術・制服・マンガ・映画・家族の人間関係から建築に到るまで、
たっぷりと具体例と、
調べてもらうことを中心に授業を組み立てました。

かつてセンター試験で、刀の鍔に関する、小林秀雄の評論が出たことがありましたが、
こういうことを理解できずに読んでも、
単に難しい文章で終わってしまいます。
こういう当たり前のことをやらないと、
せっかく学力を測っているのに、
パターン学習力や根性・狡さしか測れなくなってしまいます。

せっかく勉強しているのですから、
特別なことは要りません。
当たり前のことを当たり前のようにやって、
意味を噛みしめればいいのです。


ごんぼっち
posted by ごんぼっち at 22:59| Comment(0) | 寺子屋の指導 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月15日

成績が良くても使えない社会人

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週の頭くらいに、冬期講習を締め切ります。


今晩は、本日も粛々。

この種の受験結果については詳しく公表しない主義なのですが、
もうひとつ合格のお知らせが届きました。
正直、私にちょっと自信が無かったので、嬉しいです(笑)。

この生徒の受験でも、
一番大切にしたのは、

「なぜそこ学校に行きたいか」
「行きたいならば、どのように行動するのがベターか」

という点です。
先取りするとか、基本を徹底するとか、
そういうテクニック的なことは二の次でした。

特に後者については、
私が何も言わなくても、
夏以降、勉強していたと思います。
そして、受験直前であっても、
学校から出された課題や、塾で出された課題を、
きちんと出し続けました。

ダメな受験生は、受験直前だからといって、
特別な行動を認めてもらおうとします。

私は会社員時代、人事に携わることが多かったのです。
そこで、
学生時代成績が良くても能力が無い人、
能力が高くても使えない人というのを沢山見てきました。

ひとえに
自己都合を優先する人

です。
組織や会社に属していれば、その組織や会社に価値はあっても、
個人にはありません。代わりはいくらでもいます。

世の中に出れば当たり前のことでも、
部活で次の日が早いので、休みます。
家の用事(まぁ、大した用事じゃ無い時ほどぼかしますね)で休みます。
こういうことを、親が認めてきて大きくなったようです、
ヒアリングしてみたのですが。

寺子屋はでは、体調を崩しての欠席は当然認めていますが、
社会に出れば、それすらも本来NGです。

受験直前なので、
宿題はしなくていい、学校を休んでよい。

そんな特別扱いされなきゃできない受験なら、
しない方がいいです。
受験生自身にそこまでの価値は、「まだ」ありません。

そういう基本を、
いちいちこちらから言わなくても、
自分できちんと実行してきて、
合格に至ったので、
感慨深いです。

さ、受験までは順調に行きました。
これからが本当の勝負です。


ごんぼっち
posted by ごんぼっち at 23:55| Comment(0) | 寺子屋の指導 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月29日

歴史は現在の自分を相対化する旅である


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発売中のクラビズムに、寺子屋再度登場です。

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最近入っているチラシです。
お問い合わせ多数いただきまして、ありがとうございます。


今晩は、本日も粛々。

テレビを持っていないので、
正確に言いますと、妻は持っていて私は観ないのですが、
世間はワールドカップの話がわいのわいのみたいですね。

観る暇が全く無いので、
半端ないって!と言われても「???」という感じです。
塾は繁忙期に入っていますので、
しょうがないですね。


【すべての世界史を学んだ人たちへ】東大教授が魅せる、教科書執筆の裏側
東大発オンラインメディアUmeeTより


教科書執筆の裏側です。
世界史編ですが、とても面白かったです。

ちょうど今、高校生の現代文の授業で、
歴史は相対的で暫定的な学問である、、、という意見に賛成反対を論ぜよ、
という、

滋賀医大(笑)

の問題をやっていて、
そことドンぴしゃで重なります。

さすが医大、
受験科目に関係することしか勉強していない人はさようなら。。。という
出題意図です。


それはさておき、

>最近特に言われますが、学問的成果を社会に還元しなくちゃいけない。
>研究させてもらっている恩返しを、教科書という形を通してできると思います。

教科書は歴史学的には正確でない時もあるけれども、
大学で学問に入門するための踏み台で、
それがあったから、高みに行けた。
その恩返しを、膨大な研究の時間を削られてでも、教科書執筆に使いたい。

ここ、
熱いです(笑)。

授業での号令の意味
(寺子屋ブログ、過去記事)

こういう話を、また生徒に伝えないとと思いました。


勉強の神に、
そしてそれを取り巻く栄光無き天才たちに、
囲まれていることを、
あいさつの時くらいは意識しましょう、と。


ごんぼっち
posted by ごんぼっち at 22:59| Comment(0) | 寺子屋の指導 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする