2020年03月10日

「格に合う」と書いて合格


今晩は、本日も粛々。



今年も東大、

今度は文Uの合格が出ました。



金沢にあるわけでも、

大手塾ってわけでもありません。

かほく市にあって、

金沢・津幡・内灘・能登からも来てくれる生徒がいるというだけの、

小さな小さな塾です。



でも、二年連続東大合格がでました。

まぁ、こういうこともあります(笑)。



知的好奇心という意味では、

当初から抜群の素質を持っていましたが、

なぜかそれを伸ばそうという先生に会えていなかった印象です。

まぁ、

自分から求めに行かないという性格もあったかもしれません。



たまに質問することも、

どうやったら問題が解けるか、

ばかりだった子が、

ムハンマド・ユヌス自伝を手に取るようになり、

ファクトフルネスが面白くてしょうがないと言うようになり、

教養現代文で目をキラキラ輝かせるようになりました。



その子が、

初めて基礎学力を徹底的に身に付けようと、

踏ん張るようになりました。



そして、

東大でこんなことを勉強したい、

それはきっちり持っていました。



手ごたえはなかったそうです。

前期受験後も常に暗い顔をしていました。



でも、

経済学部志望ですから、

数Vの行列や、

受験直前は読みたくても読めなかった本たちを読んでいました。



東大に合格したから、あとはハッピー。

受験が終わったら何もしない。

大学受験をゴールに意識付けされた、

受験マシーンたちとは違います。



去年の東大合格者と同じく、

東大だから嬉しいのではないのです。

東大の「格に合う」生徒を送り出すことができて、

嬉しいのです。



絶対に落ちる要素はないと確信していたにも関わらず、

あまりに本人が落ち込んでいるので、

確信が揺らぎつつありましたので、

こんなにほっとした合格連絡は、

初めてかもしれません(苦笑)。




ごんぼっち

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2020年01月14日

芸術と勉強はそっくり


今晩は、本日も粛々。



妻から話を聞くと、


つくづく勉強と芸術はそっくりだと思います。


そのお話は何度かブログで取り上げましたが、


今回京都の勉強会でピアノの先生兼塾の先生にお会いして、


やはり同じ事をおっしゃっていました。



曰く、


ピアノのリズムを取れない生徒が出てきている。


分数が理解できないから、と。


純粋に分数がわからないケースと、


ペーパーテストでは出来ても音楽に活用できていないケースと、


ふたつあるのだと思います。




そういえば、


鉛筆の持ちかた矯正用の道具が小学校で配られていて、


その器具に合わせるようにして、


皆同じように持ち方がおかしくなるということも聞きました。


鉛筆の持ちかたが悪い子ほど、


丸い鉛筆やシャーペンを使っています、



世の中が便利で高度になるほど、


基本が疎かになりがちです。



あ、そういえば、


県外出張にあとはなるべくお土産を買ってきているのですが、


今回のは、これです。





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(笑)




ごんぼっち
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2019年09月15日

平均偏差値60


今日は、本日も粛々。


全国の塾の先生たちと交流していると、
平均偏差値60を叩き出している塾が多いです。
平均偏差値60というと、その塾で真ん中の子で桜丘高校です。
なかなかすごいです。

寺子屋は、中学生の平均偏差値は、
全学年平均偏差値60を超えています。
低い学年で、60ちょうどくらい、
普通で62〜63、
良い学年で65くらい、

ここ数年は、だいたいこんな感じなので、
それはいいんです。

ただ偏差値という意味です。
偏差値は、平均点を基準としたものです。
平均点は、
50点から60点の間くらいになるように、
テストは作られます。

つまり、飛び抜けた子は、
その時点で排除されます。

ですので、その集団の学力が下がれば、
偏差値が多少上でも、
あれ?
ということが起こるわけです。

ですから、
成績アップしたかどうかはもちろんですが、
それによってどう意識が変わったり、
成績に相応しい姿勢を身につけたり、
どう知的好奇心が伸びたり、
どう悩んだり、

そっちの方が大事です。


ごんぼっち

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2019年05月14日

文化における公共事業的な何か


今日は、本日も粛々。

5月19日日曜に行われる、諌山先生特別授業、
早速たくさんのお申込みをいただきまして、ありがとうございます。

さて、
大阪でどんどんぱしに行ったとき、
マクド(大阪だけに)でコーヒーしながら、その興奮を語りあっていたのですが、
結構いい曲が流れているんですよね。

しかも、
カセットテープに好きな曲を編集していた世代だからかもしれませんが、
曲と曲のつながりも非常に良い。


「マクドナルドの店内BGM」のディープさに感動して“中の人”に直撃したら本当にスゴかった話

なるほど、ここまで凝ってたわけですね。


マクドナルドの資本力が無ければ、
ここまで最低限必要なものではなく、
あるといいな的なものにまで資本を割けないかもしれません。

同じ音楽で考えても、
素人がとりあえずたくさん集まった人たちが売れなければ、
そのレコード会社の、
大ヒットを狙えない、ジャズやクラシックみたいなジャンルの音楽を
配信する余力を持てないでしょう。

国営放送のように、
視聴率を過度に気にすることなく、
しかもある程度資金が潤沢でなければ、
子供向け歌番組にUAや電気グルーヴなどを採用するような、
思い切ったことはできないでしょう。

こういう視点も、
またアリということです。

と、
最近買った、興行とパトロンという本を読みながら、
しみじみと考えたわけです。


ごんぼっち
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2019年05月09日

天才の不在


今晩は、本日も粛々。


国立新美術館で、トルコの至宝と、ウィーン・モダン展を観てきました。
さすが芸大で勉強してきた妻が、
クリムトやシーレの、突っ込んだ解説をたくさんしてくれました。

オスマン帝国の期間は約600年、
江戸時代の倍以上の長きにわたる帝国ですが、
時期的には重なる部分もあります。
特に今回は、スレイマン1世からの美術に焦点が当たっていたので、
江戸時代前後50年ほど長くしたところですね。

独自の文化が醸成された点では、江戸時代は特筆に値しますが、
異文化の吸収度合いという意味では、さすがにオスマン帝国に分があるなぁ
という印象を受けました。
まぁ、支配領域が江戸と比べる方が酷ですか。。。


第一次世界大戦直前のウィーンは、
江戸時代の金沢と状況がよく似ていて、
両方とも、巨大な検閲を恐れて、
工芸品や身近な私的領域などに芸術の対象が向かっていきます。

しかしながら、金沢にはクリムトのような天才は生まれませんでした。
それはなぜかというところに、思わず関心が向きました。
表面的なことを言えば、
当時のウィーンは、排他的ナショナリズムが吹き荒れるヨーロッパにあって、
数少ない多民族国家であった点があるかもしません。

ちなみにヴィトゲンシュタイン家やフランツ・カフカ、
ワーグナー、フロイトにヒトラーまで、
尖がった人材がたくさん、世紀末ウィーンから登場します。

クリムトはスキャンダルまみれの人だったらしいので、
同質的な社会では、真っ先に潰される、
いや、登場すらしえないかもしれません。


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唯一、写真を撮ってもよかったので、ぱちりと。

トルコ展とウィーン・モダン展で買ってきたものを、
わしわしと寺子屋内に飾ってあります。

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クリムトが書いたポスター(もちろん複製)です。
余白の使い方があまりにかっこよくて、
つい、
事務所のドアに貼りました(笑)。

他にもいろいろとありますので、
ぜひ見つけて、
堪能してください。


ごんぼっち
posted by ごんぼっち at 22:59| Comment(0) | ちょっと思ったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする