2026年01月06日
名門大学へ進学するということは
今晩は、本日も粛々。
先日、東大に進学した寺子屋生とお話をする機会があって、
せっかく東大にいるのに、燃え尽きている生徒が多いので、
勿体ないなぁと思っているという話を聞きました。
しかしながら、石川県に限らず、いわゆる自称進学校がやる、
課題漬けの勉強習慣に慣れきっていると、
単に「入学が目標となって、入学後目標を見失う」以外にも、
そうなってしまう理由がわかる気がします。
私は東京都内の、偏差値もべらぼーに高いわけではない、
文系私立大学出身の、寡聞浅学の身ですが、
それでも、大学進学後、
首都圏出身の同年代たちの、文化資本の累積っぷりに、
当初、言いようもないコンプレックスを抱きました。
註:文化資本とは…(AIによる概要から引用)
「文化資本」とは、フランスの社会学者ピエール・ブルデューが提唱した概念で、
学歴や教養、知識、言葉遣い、身のこなしなど、金銭以外の非経済的な資産を指します。
これは個人の社会的地位や成功に影響を与え、
教育や就職、人間関係などで有利に働く「目に見えない力」であり、
身体化されたもの(教養・振る舞い)、
客体化されたもの(書籍・美術品)、
制度化されたもの(学位・資格)の3つの形態で存在します。
具体的に述べますと、
出身高校でも相当音楽に詳しいつもりで、
邦楽は1950年代から、洋楽は1930年代から大雑把に聞いていましたが、
大学で会った音楽で将来食べていきたいと思っている人たちや、
本当に音楽が好きな人たちは、
中学時代で私の位置を通り抜け、高校時代はライブハウスで、
これから売れるバンドやミュージシャンをウォッチしている状態でした。
(こういう人たちが、広告業界やエンタメ業界に行くわけですね)
別に音楽に限った話ではなく、
私は偏差値と受験日程から考えて、志望校を選びました(現役のとき)が、
私の出身大学は、ちょうど戦後50年の節目が、浪人の年だったのですが、
当時の学長が、キリスト教系大学のくせに、学徒出陣に協力したことを、
神の前で告解することがニュースになり、
それに感動して志望校に加えたという生徒が、結構おりました。
いずれも成績・知性ともに優れた生徒たちばかりでした。
そして、大学や学部学科を志望した理由として、
教授の専門科目や、書いている本をある程度目を通していたり、
同じ首都圏であることのメリットを活かして、
実際にその教授の授業を聴きに行っている生徒たちもいました。
小説やマンガでみるみたいに、
美術館でデートをしてきたような人たちもいます。
私は比較的、身体化された文化資本を、両親から受けて育ってきたつもりでしたが、
それにもかかわらず、木っ端みじんに打ちのめされました(笑)。
大学を卒業するころには、コンプレックスはようやく克服して、
地方都市の方が、実はメリットは大きいことを見出して、
Uターン就職をするわけですが、
繰り返しますが、べらぼーに偏差値が高いわけではない、
私立文系大学ですら、これです。
ましていわんや、
偏差値が高くて、
附属の高校・中学・小学校・幼稚園などがあったり、
国立大の名門だったり、
偏差値が高くなくても、
名門として伝統を売りにしている大学だったりすると、
考えるだけで、ぞっとします。
いわゆる「いい大学」に入ってくる生徒は、
点数という、目に見える氷山も大きいかもしれませんが、
海面に隠れている氷も、途方もなく大きいわけです。
ですから、高校から課題をもらって、
その課題に取り組むことで入った生徒たちが入学後燃え尽きてしまうのは、
目標を見失う以上に、
当然の帰結としか思えないわけです。
寺子屋生は、偏差値的にいい大学行こうが、良くない大学に行こうが、
大学の勉強をウキウキ楽しめるような、
生徒に育てていきたいと思っているわけです。
ごんぼっち
2026年01月01日
あけました。
今晩は、本日も粛々。
あけました。
「おめでとう」はまだ言いません(新年早々嫌な奴)。
君たちの「おめでとう」の日は、
合格発表日です。
なんて出だしで年始のブログを書くのも、
2023年以来でした。
15年目の受験生を送り出そうとしている最中ですが、
今まですーっと振り返ってみて、
受験をとおして、
勉強はもう嫌だと思った生徒と、
勉強が楽しいと気づいた生徒を比べてみて、
後者の方が多いんだろうなぁと、
今までの名簿を見てみて、想像していました。
まぁ、勉強が嫌だと感じさせてしまった生徒が、
ゼロではないでしょうから、
そこはまだまだ修行が足らんと思いつつ、
20年目、
30年目と生き残れるように、
精進したいと思う次第。
塾の価値は、合格にあり、、、なんて時代はもうとっくに終わっていて、
受験をとおして、どれだけ学問に入門できたか、
どれだけ勉強を面白いと思えたかが、
塾の価値だと思っています。
ごんぼっち
2025年12月31日
15周年の大晦日
今晩は、本日も粛々。
2025年ももうあとわずか。
今年、進学塾寺子屋本楽寺は、15年目の年でして、
来年の4月1日に丸15年、16年目に入ります。
今年は金沢駅前分校を開校して、
オンラインも再び本格的に乗り出そうとし始め、
住職を父から継承するように準備を行い、
幼児低学年について、何塾かにノウハウを教える機会にも恵まれ、
なんだかんだと慌ただしい1年だった気がします。
動けば動いたぶんだけ、いい出会いがあるのも常で、
金沢駅前分校の生徒・保護者、
最近オンラインでお会いした生徒・保護者ともに、
かほく本校と同じく、
こういう生徒・保護者のために、
私の力や時間・労力を使いたいなぁと思わされる方々でしたし、
幼児・低学年に取り組みたいと言ってきてくれた塾さんも、
生徒をしっかり見ているからこそ、
現代の課題が見えるんだろうなぁという塾長たちでした。
寺子屋みたいに幼児から対象にしていると、
もう限られた生徒たちしか、
面倒見ることができないというのが見えてしまうのがつらいところで、
年少〜年長の3年、小学校6年、中学校3年、高校3年、
マックスで15年面倒見れますが、
来年年少さんが大学受験迎えるのは、
私が65歳。
んー、あと何期見れるだろうと、
ついつい考えてしまう年になってしまいました。
さて、来年はかほく市同様、
金沢市内とオンラインをもう少し頑張っていきますが、
今の寺子屋生たちがどんな成長をしていくか、
そして新しくどんな生徒・保護者に出会えるか、
楽しみですね。
ごんぼっち
2025年10月31日
寺子屋OBOGたちが語る、寺子屋が一味違うところ
11月16日日曜日午前10時から、
進学塾寺子屋本楽寺かほく本校において、
「豊かな国語力を育むための具体策」と題して、
保護者説明会を実施したいと思います。
寺子屋保護者だけでなく、
一般参加・ZOOMでのオンライン参加もオッケーです。
参加申し込み方法は、近日中にブログにてお伝えします。
今晩は、本日も粛々。
寺子屋OBOGに、ZOOMでインタビューを撮っておりまして、
当時の学びや近況など、いろいろと話しているのですが、
★寺子屋で学んだことが大学・社会で役に立った(立っている)と思う点
を聞いてみました。
@勉強体力では誰にも負けない
A勉強を人生の優先順位で、比較的高めに置けた
B勉強から人間・世の中を観る眼
という三点が、今のところ出てきています。
特にB、進学校に行っても、いい大学に行っても、
そういう観点で勉強を捉えていないほうが多数派で、
びっくりしたという声は多いです。
特に高等学校では、むしろBを捨てて、
勉強技術を磨くほうに特化したほうが、成績はいいけど、
大学では「わかっているかどうか」がテストの基準になるので、
対応がとても楽だったという話も聞きました。
私の頃は勉強から人間や世の中を観るという観点が無い子たちは、
偏差値バカと言われてからかわれていたのですが、
今はそれが主流で、
しかも一部の進学校は、先生すらそれを是とするわけですので、
現在東大生のOBが、
「燃え尽きている子、めちゃくちゃ多いです」と
嘆くのも、とても同情します。
これらのインタビューは編集して、
HP上にアップしようかなぁと思っていますので、
ぜひお楽しみにお待ちください。
ごんぼっち
2025年01月08日
小さな変化の積み重ね
今晩は、本日も粛々。
幼児低学年をみていると、やっぱり1年・2年経つと、
驚くほど成長しています。
深く「考える」ことをあっという間にあきらめていた子が、
粘り強くなったり、
考えを言葉にするのが苦手だった子ができるようになったり、
イヤイヤ言っていたのを言わなくなって、
落ち着いて取り組むことができるようになったり、
自分の意見や考えを述べられなかったけれども、
できるようになってきたり。
塾で教えるようになって25年くらい経ちますが、
中高生を教えることが多かった身からすると、
信じられないような大きな変化ですが、
保護者とすれば、
その変化を待てなかったり、
この程度の変化は当然と考えていたり、
一番がっくしくるのは、
そういう変化に気付いていないというケースもあります。
高学年や中学生についてもよくあります。
まあ、その変化を待てなかったり、過小評価したりするのをみると、
その保護者の方は、さぞ優秀な子供だったんだろうと、
嫌味なことを考えてしまうよりも、
★変化って、どうやって起こるのか、見えない状態にあるんだなあ
と思っています。
私が寺子屋のことを紹介するときには、
「至って平凡な、何のとりえもない塾です」と言うようにしているのですが、
それは本当のことで、
例えば、先日のブログに書いたように、
地味で、当たり前のことを、
粛々と積み重ねているだけです。
ただ、その当たり前をバカにせずに積み重ねるほうが難しくて、
その威力は、寺子屋の高校合格・大学進学実績を見ていただければ、
お分かりになると思います。
劇的な変化を期待してしまっているのは、
子どもをきちんと見ていないから。
わずかな変化を過小評価してしまうのは、
小さな積み重ねを「当たり前」と侮っているから。
偏差値や得点という数字を気にする気持ちはわかりますが、
子育てのゴールは、
いい高校に入学したり、いい大学に入学することではないはずです。
その数字みたいな部分は、
私が悩めばいいところですので、
お家の方には、どんと構えていてほしいですね。
わかっていてもどうしようもできないときは、
私でよろしければ、お話を聞きますよ。
ごんぼっち


