2025年03月08日
小学生の先取りは原則論外
今日は、本日も粛々。
寺子屋本楽寺、金沢駅前分校ですが、
来週、審査結果が出ますので、
そこから開校準備が始まります。
首都圏の中学校受験に詳しいかたにお話を聞いたことがありまして、
寺子屋が取り組んでいる、
★じっくり考えることができる
★算数は図を書いて考えることができる
★図形をいろんな方向から描くことができる
これくらいできれば、中受層でどれくらいいける?
と聞いたら、
上位3割(偏差値55くらい)だそうです。
都内でしたら中受は約半数くらい受験するそうなので、
全体で考えると上位15%くらい(偏差値60ほど))でしょうか。
石川県の公立高校入試で偏差値60は、桜丘〜二水くらいなので、
こんなもんかな?もしくは、
石川県なら泉丘の真ん中以上くらいかな?と思います。
ズレが生じるのは簡単な話で、
高校入試で、学問の基本を無視した指導がまかり通っているからで、
泉丘ギリギリくらいだと、
それで何とかなってしまうからでしょう。
とはいえ、
小学校卒業段階で、こういう基礎がしっかり出来上がっている子は、
今まで一人か二人くらいしか見たことがありません。
そんな状態の子たちに、先取りをさせてもしょうがありませんが、
首都圏の中学校受験では、半年〜1年の先取りをさせるのが常態化しています。
理由は、「受験に間に合わないから」。
都市部の中学校入試は、1月〜2月上旬がメインなので、
そこまでに小学校内容を終え、
入試問題レベルに理解度を高める必要があるからなのですが、
なぜか地方都市でも、
小学校の指導は「先取り」がメインになっています。
狂っていますね(笑)。
勉強の基本がしっかりしていない子に、先取りをしても、
消化不良のもとです。
今習っている学年のものが、
中学校受験レベルの問題であっても、
じっくり考えれば解けるという状態の子に初めて、
先取りの効果が出てきます。
実際、ほとんどの中学生が、
・大量演習しているにも関わらず成績が伸びない
・勉強の基本的な取り組み方がなっていない
子たちは、
小学校での内容がきっちり入っていない子たちです。
体感、上位1割くらいしか、
先取りできる状態ですらありません。
勉強=先取りという偏見を、
お家の方が捨てるところから、
幼児・小学生の指導は始まります。
ごんぼっち
2025年02月14日
思考力ピカイチ!
今晩は、本日も粛々。
昨日、小1生の子がめちゃくちゃ考えられるようになったと
ブログに書きましたが、
それを読んでくれた別の小1の生徒の保護者の方が、
小学校で、考える力のところが全部Aで、
懇談で学校の先生に褒められました!
ここまで考えられるようになる子は滅多にいません。
と、嬉々と報告してくださいました。
寺子屋の本領発揮です。
年中さんのとき、
難しいと駄々こねたり、泣いたり、むずがったりしていたのですが、
(実は、このようになるのはとてもいいことです、保護者の方は狼狽えるのですが)
本当にしっかり取り組めるようになりました。
過程をしっかりふんでいるので、
こないだもテストが70点から80点台に上がったときに、
めっちゃドヤ顔で持ってきました(笑)。
採点したから知ってるっちゅーねんと思いながら、
妻も喜んでいました。
というのは、
過程をしっかりわかっているので、点数が伸びたり、
わかる出来事が増えたのが嬉しかったんだと、
すごく伝わったんですよね。
保護者が点数という結果だけに囚われていたり、
その影響で、生徒本人もそういうマインドでいると、
100点の時だけ自慢するんですよね。
仮に過程がまずかったとしても。。。
私がこのお話を聞いて、注意が向いたのは実は、この喜びの部分より、
>ここまで考えられるようになる子は滅多にいません。
という学校の先生の一言なんですよね。
確かにそんなにごろごろいるわけではないかもしれませんが、
クラスで2〜3割くらいはいるでしょう、という感覚なのですが、
そこまで酷いわけですね。
先ほど、
「難しいと思った時に感情的になる子は、とてもいい傾向」と言いました。
では、考える力が全く育っていない子はどうなるかと言いますと、
足をぶらぶらさせながら、
ぼーっと窓の外や天井を眺めています。
例えはよろしくありませんが、
もうひとつの仕事柄(坊さんです)、身近なので言いますと、
認知症になった老人と同じ表情で、ぞっとします。
こういうのを「土台」と言います。
土台が無いところに何を積み重ねても、しょうがないですが、
大人は意外と「当たり前じゃん」と軽視していますが、
どれだけ強調してもしすぎることはないくらい、
大事です。
ごんぼっち
2025年02月13日
幼児低学年が目指すもの
今晩は、本日も粛々。
3月からの新学年・新年度の準備期間です。
新時間割もほぼ決まりまして、
あとは現在通っている生徒たちに不都合がないか、確認だけの状態です。
さて、
高校数学でおなじみの、
道順の行き方が何通りあるか?という問題、
PとかCとかを使って解いていたあれ、
実は寺子屋の小1テキストにあるんです。
冷静に考えれば、数を数えられれば、
解けちゃいますので、
小1で充分なわけですよ。
その問題に苦戦していた生徒は、
「どんな行き方があるか、書いてみてごらん」と宿題に出したら、
このとおり。
すごくないですか?
どんなふうに書いたらいいか?というヒントはひとつもなしに、
自力で考えたんですよ。
パッとやり方を教えてなぞらせれば、指導者は楽で、
しかも保護者はインスタントに喜んでくれますが、
こういう考える力は、財産以外の何物でもありません。
全員最初っからうまくいくわけないのですが、
保護者の方が、一年くらい教えたい気持ちを辛抱して、
生徒が悔しがったり、嫌がったりしながらも、
じっくり学んできた賜物です。
結果的に正解かどうかは、どうでもいいんです。
こうやって便利な公式にたどり着くまでの、
具体にたっぷり触れるんです。
点数なんてものは、いずれ勝手についてきます。
こういう瞬間って、小さい子教えててよかったと、
一番思うときですね。
ごんぼっち
2024年09月05日
幼児・低学年のうちにやっておくこと
今晩は、本日も粛々。
小3の子が初授業でした。
最初は基本図形から練習で、
色板で作っていき、
お手本に線を引いて、設計図を作ります。
こんな感じで。
@色板と設計図で、大きさや形が異なる
A斜め線の引き方が得意でない
という特徴があります。
正直に言いまして、
低学年だろうが高学年だろうが、
ほとんどの生徒がここから出発です。
授業でじっくり、色板や積み木遊びの中で修正していきます。
@色板と設計図で、大きさや形が異なる
これがしっかりできていないと、数を量感覚でとらえることができず、
例えば、
計算を暗記処理する → 計算の工夫や暗算ができない
文章題で数直線を書くことができない
単位が異なっても同じものとしてとらえてしまう。
などなど、
将来なっていくことが、もうわかりきっています。
A斜め線の引き方が得意でない
ひとつは、指先の巧緻性が不十分の可能性があります。
これは集中力や知性の基本となってくるところです。
もうひとつは、線の出発点とゴール地点を把握してから線を引くということができていないので、
全体をみるのがあまり得意でないことがわかります。
ですので、
ざっと概観してから手順を考えたり、
黒板とノートを見比べてバランスよく書いたり、
ということが苦手です。
今回初授業の子を取り上げましたが、
小学生でめちゃめちゃ成績がいい子でも、
これらができている生徒を、まず見たことがありません。
こういう当たり前のことを入れずに、
大量にプリントをやったり、
反復演習をしたりしても、
応用可能な、柔軟な知識にはなっていきません。
この状態で中学校で、
過去問中心、
傾向と対策で、これやっとけばいいみたいな指導、
とにかく先取りで薄っぺらい理解をくりかえして、
高校の内容が理解できない、
大学での学問の面白さがわからない、
複雑なものからすぐ逃げる、
みたいな子たちに育っていってしまいます。
成績が良かった保護者ほど見過ごしがちの、
「どういう土台があったから、成績という数字になっていたのか?」
という部分にスポットライトを当てつつ、
生徒を育てていく。
これが寺子屋流です。
ごんぼっち
2024年09月04日
勉強への接触回数アプローチ方法
今晩は、本日も粛々。
幼児低学年の保護者会では、
塾をきっかけに、
勉強で子どもと遊んだり、
コミュニケーションをとったりする機会にしてくださいね^^
ということを、
毎回伝えています。
それを地でやっているようなご家庭がありまして、
はじめは積み木や色板があまり得意そうではなく、
積極性も少ない子でしたが、
ででん!
作るだけでも結構難しいのですが、
実際に立ててみることができました。
実際にお家でも、
授業のあとは、
「塾でできたの見せて」
(おそらく積極性を引き出したいんでしょうね、保護者の意図としては)
と復習したり、
「明日塾だから、ちょっと色板か積み木やってみよっか」
と促してみたり、
取り組んでいるそうです。
できたかできないか、
入塾から早くできるようになったか、遅かったか、
そんなことはどうでもいいのです。
こういう取り組みの過程に意味があるのです。
その子の性格に合ったアプローチを探すというのも、
コミュニケーションのひとつです。
こうやって、
遊びの延長としての勉強への接触回数を増やすと、
関心が生まれます。
最初から興味を持っていたり、
頑張ろうと思ったりしている子は、
普通いないと思います。
ごんぼっち


