2018年02月28日

読書量


今日は、本日も粛々。

新年度募集最後のチラシが、ずずーんと入りました。
春期講習は募集自体は行いますが、
春期講習用のチラシは特に入りません。

さて、大学生の過半数が月の読書数ゼロという、
衝撃のレポートがありました。
大学生「読書時間0分」初めて過半数超え 読む・読まないで「二極化」の傾向(Huffpost)

一方でスマホの使用時間は平均3時間だそうで、
ただしスマホ利用と読書時間の相関より、
高校までの読書習慣が原因である可能性が高いとのことだそうです。

そういえば、
小学生の読書数は、朝読書もあって劇的に増えています。
「第63回学校読書調査」の結果
あらー、高校生の時点で、不読書(月ゼロ冊)率は50%なんですねー。

なぜ中学・高校になってから本を読まなくなるか?
ぱっと思い当ったのは(データ的根拠無し)、
・無駄にハードな部活、
・多すぎる高校の課題や補習
です。

小学校までに読書の習慣が付いていなければ、
四年制大学に行っても本を読まない可能性大。
小学校で習慣がついていても、失われていく可能性もあり。

一口に本と言っても、
ヘイト本・自国過剰礼さん本とかを「本」と読んでいいのか?
(立場の問題ではなく、フェイクが多いという意味で)
電子書籍やネット上の新聞などの記事は読書に入れなくていいのか?
などといった、
従来の「読書の範疇」という問題もありますが、
月1冊程度の読書もできない人が、高等教育機関にいるというのは、
抵抗があります。

小学生向けから高校生向けまで、
自分で言うのも何ですが、結構通な本を揃えてあります。
それも、
個人の趣味で判断された「いい本」ではなく、
それぞれの学問系統から沿って基本書となるようなもの、
大学での学問の方法から照らし合わせて、あまりオススメされないような本、
などなどを置いてあります。
しかも、アマゾンなどは極力使わず、
町の書店さんに品物が届いて支払をするという注文方式のネット書店で購入しています。

書を捨てよ、町に出よう。
その前に捨てるべき書を読もう。


ごんぼっち
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2017年12月08日

ニイタカヤマ、ノボレ

1711チラシ表.JPG

最近入っているチラシです。


今晩は、本日も粛々。

12月8日はジョン・レノンの命日としても深く知られていますが、
太平洋戦争開戦の真珠湾攻撃を行い、アメリカ・イギリスに宣戦布告をした日です。

勝ち組、負け組という言葉があります。
元はブラジルやペルーに移住した日本人たちが、
日本が太平洋戦争に敗戦した後も、
それを受け入れることができずにいた人たちを勝ち組、
現状を認識して勝ち組の説得を行った人たちを負け組と呼びました。

当時南米では、
勝ち組の過激派がブラジル人と対立し、
反日感情が高まり、
排日政策やブラジル人への同化政策が採られていました。
それに対する反発もあるのでしょうが、
事実より、
信じたいものを信じるという心の方向性の問題だと思います。

先の15年戦争においては、
日本は戦敗国ですから、戦勝国寄りの歴史で綴られることが多いです。
ですが、
どんな立場に立つにしろ、
勝ち目が薄い戦争に挑み、いたずらに戦争を長引かせ、
国内諸外国を問わずたくさんの悲劇が起こった事実は変わりません。

崇高な目的のため、止むを得ないことだったのだ、という方も最近は多いですが、
NHK出版が出している、日本海軍の元将校たちが400時間に及ぶ、
大戦の反省会の記録をまとめた本の中にも、
日本国民たちや若い将校たちが信じた「八紘一宇」や「五族協和」などといった理念は、
終戦間近には語られることはありませんでした。

信じたいものを信じるのではなく、現実を見る。
ごくわずかの矛盾をあげつらって「だから全部おかしい」と歴史を修正するのではなく、
全体像をつかむ。
こういう事柄というのは、とても大切です。

勝ち組のような人生ではなく、負け組のような冷静さを。
いや、勝ち組のように誤ったとしても、それを反省できる勇気を。
信じたいものを信じるのではなく、
自分を疑い、そして信じるものを更新していくのが、
勉強というものの本質です。

間違っても、人をあげつらう材料にしたり、
自分の正しさを証明するためのものではありません。

なんてことを、
ふと考えた、12月8日でした。


                           ごんぼっち

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2017年10月17日

人口だけの観点でみた、都会・田舎


今晩は、本日も粛々。

保護者会でずっと大学入試改革の話をしてきましたが、
早稲田大学の新思考入試のサンプル問題が面白いです。

入試前にレポートを提出
センター試験で8割の得点
個別試験で小論文

という、アメリカの大学のような入試形式です。
その個別試験の小論文サンプル問題が、
全国の各都道府県で、高校卒業者数・大学進学率・短大専門学校進学率・就職率の表があり、
重要だと思う問題点をひとつ挙げ、その解決策も含めて論ぜよ
というものです。

高校の宿題と勉強だけしている子たちはお手上げですね。
こういうふうに変わってくるというのは、
何年も前から言っています。
保護者のイメージからすると、
「重箱の隅をつつくような入試問題」の代表格だった早稲田が、
この変化です。
面白いですね。

さて、それとは別に、
高校卒業者数と人口が相関性が高いと仮定してみると、
人口という一面だけから都会・田舎を判断すると、面白いことがでてきます。

石川県より「田舎」の都道府県
秋田、富山、福井、山梨、和歌山、鳥取、島根、徳島、香川、高知、佐賀

石川県と同等くらいの都道府県
山形、大分、宮崎

石川県よりちょっと「都会」の都道府県
青森、岩手、滋賀、奈良、山口、愛媛、長崎

日本全国をまわると、妥当な感じなのですが、
狭い世界しか知らないと意外にみえるかもしれません。
生徒たちは驚いていたので面白かったです。
なぜ私たちの印象が覆されるか?を探ると、
石川県の本当のすごい部分と、大したことが無い部分が見えてきます。


                             ごんぼっち

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2017年10月02日

就職祝い


今晩は、本日も粛々。

寺子屋1期生が就職決まったと報告に来てくれたので、
一献交わしながら、色々と話を聞いていました。

偏差値50前半から二水合格。
根性の塊みたいな子でした。
勉強センスというか、
地頭みたいな部分は今ひとつだったのですが、
持ち前の吸収力で、
賢い子たちの行動をぱたぱたと真似していきました。

転機は高校1年の文理選択の時、
数学が苦手だから文系と安易に選びそうだったのですが、
調べているうちにやりたいことを見つけて、
一念発起、理系に行きました。
この時、私はこの子についてはもう大丈夫と、
安心して見送る覚悟ができました。

大学受験は第一志望じゃなかったものの、
やりたいことが見つかった人には、そんなことは大した問題じゃありません。
就職も試験も、
ちゃんと期待以上に突破していきました。

この子を見ていると、心から実感します。
泉丘までは、頭に良さは必要ありません。
習ったことをやり切るという、
意志を行動に変える力だけです。

やりたいことが見つかっても、
勉強量をきっちりこなせる勉強体力みたいなものが無いと、
やりたいこと具体化することが出来ない。

将来なりたいものがあれば、この子も頑張るのに、、、
そんな馬鹿な。
やりたいことが見つかって頑張るのは当たり前、
やりたいことが見つかる前でも自分のスペックを上げた人が、
やりたいことを実現するときの大きな力になるから、
古今東西、勉強を軽視した文明は、一部の独裁国家を除いて存在しないんです。

子どもがその高校に行きたいなら、子ども自身が頑張るはず、、、
違います。
大人はやりたいことを具体化する方法を知っているからそう思うだけです。
取り組もうと思ったことをやり切ってもらうには、
周囲の覚悟が必要です。
やり切るまで取り組まないのは、周囲の覚悟が足りないからです。
(自戒も込めて)

ただ、これだけだと「合格のためだけ」の勉強になってしまいます。
しっかり勉強体力に見合う器に広げる部分は、
寺子屋みたいなところがしっかり本人も気付かないうちに、
耕していきます。

この子も、寺子屋の壮大な仕込みに気付いたのは、
かなり後になってからみたいです。
まぁ、私からすると、気付いただけでも充分賢いです^ ^


ごんぼっち
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2017年03月27日

受験の手ごたえ


今晩は、本日も粛々。


春期講習でてんてこ舞いです。
下剋上受験がドラマ化され、それの最終回が終わったそうですね。
私はテレビを持っていないのでよくわかりませんが。

その子にとって受験がいいものであったか、悪いものであったか。
この物語の子どもにとって、最高の受験であったと以前書きました。→こちら
その証拠となる決定的な一言を、受験した娘は述べます。
ドラマではどう表現されていたか分かりませんが、
本では、受験前日にこう娘が言います。


「結構楽しかったね」


この一言が、決定的な一言です。
合格したから良かったとか、そんなのはまぁ普通です。
合格という功利性だけでなく、
その子が受験をどう乗り越えたかのか。
この一言が出てくれた場合が多いと、
私が塾を運営していて、成功した学年だと考えています。

難しいですがね。

受験が成功したと手ごたえを感じる一言は、
もうひとつありますが、
それはまたいつかの機会に。


                            ごんぼっち

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