2016年05月09日

旅から日常へ


今晩は、本日も粛々。


経営や学習指導は、計画・戦略戦術という理性の賜物。
日頃そういうところにどっぷり漬かっていると、
感受性が鈍る時を感じてしまうんですね。
今日はこんなに空が綺麗だったのに、何も感じないとか、
生徒がいつもよりいい顔しているのに、気付かないとか。
で、たいてい感性が鈍る時というのは、プラスの物事を感受することから抜け落ちるというのが、
人間のダメダメさというか、面白いというか、厄介なところです。

朝、雨が降っているから中尊寺に行こうとか、
真面目な施設ばかりだったから、ミーハーなとこに行こうとか、
ぶらぶら歩いて、ここは美味そう^^とふらっと入ってみるとか、
そういう無計画な旅を、
私は勝手に「感性のチューニング」と呼んでいます。

こういった遊びのために仕事を頑張るのか、
仕事を充実したものにするために、遊びで切り替えるのか。
私にとっては、遊びも仕事も連続のうちにあるので、
わざわざ区別する発想がよくわかりません。
高度な次元で、全体像を把握してしまえば、
仕事や遊びといった区別は、ただのコンテンツになってしまいます。
こういう考え方も、
今から振り返ってみると、勉強の構造ととてもよく似ています。


★人間は旅をしないと、真に孤独にはなれない


と言ったのは誰だっけ?
仕事や遊びを、自身の人生の中で意味づける。
塾長なんて、生徒や保護者から「先生」なんて持ち上げられて、
坊さんなんてのも同様で、
いとも簡単に天狗になってしまう世界ですから、
日頃からなるべく多くの人に関わり、
たまにそんな記号が通用しないような世界に身を置くという在り方が、
本当に大事だなと今回も痛感しました。

さて、昨日は母の日だったのですね。
京都を除いて、日本ナンバーワンスイーツに輝いている、山形県腰掛庵のわらび餅。
母親にお土産といって渡しました。
寺子屋保護者から、塾長みたいにしっかりした人に、ウチの子も育って欲しい
なんて言葉を頂戴したこともありますが、
私は相当遅咲きで、
自分自身の心の問題にケリを付けて、他者に心を配るまで相当時間を要し、
両親にはかなり長い間心配かけどおしでしたから、
決して褒められたものではありません。


image.jpeg


久しぶりに生徒たちの顔を見たのですが、
旅の最中は心配し通しだったので、個人的には久しぶり感がありません(笑)。
また、
飄々と、しかしラディカルにやっていきましょう^^


ごんぼっち
posted by ごんぼっち at 23:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。