先日入ったチラシです。
新中1〜新小4の気合入った生徒からのお問い合わせ、
お待ちしております^^
今晩は、本日も粛々。
「東大無料塾」が3月閉校へ
こんなニュースを見かけました。
理念は素晴らしくても、方法を間違ってしまった残念な例でもありますし、
消費者が、「知」というものを誤解していなかった、好例でもあります。
>東大無料塾はHP上で「我々の使命は、”知の継承”という文化を取り戻すことです」と謳い、
>従来の学習塾の枠にはとらわれない受験勉強の先にある学問に対する好奇心を育てていくことが目的だという。
寺子屋も全く同じ理念に立っています。
私がお寺でわざわざ塾を開こうとしたのは、
かつてお寺が担っていた「知の継承」を復活させたいと思うからであり、
受験勉強の先にある好奇心を育てるのが目的です。
方法の間違いはたった2点です。
@現役東大生「ごとき」を継承されるべき「知」としてしまったこと。
なんだかんだ言っても、まだ18歳〜22歳の若造が、知の真髄を心得ているとは、
とうてい思えません。
大学で一般教養と呼ばれる部分は、
大学のルーツ、欧米では、退官間近の教授が担っている意味を、
考えるべきでした。
A継承されるべき「知」を無償で提供すべきだと考えたこと。
公立小中学校が、無償でやっていて、
どれほど過大な要求をされているかを見れば、
無料は、覚悟も感謝も産まない仕組みだと喝破してほしいですね。
昔の師弟関係であっても、その継承には「礼節」という、
とても高い心理的なコストをかけていたことを忘れてはなりません。
近代以降は姿を消していった徒弟制度であったとしても、
師の家に住み込み、雑用を手伝いながら、師の技術や思想を直接教えてもらわなくても、
常に時間と空間を共有することで気付いていくという仕組みは、
日本だけでなくヨーロッパでもみられたことです。
それであるならば、
500人限定! ハーバード大学のオンライン無料授業が話題
ここまで徹底的にやる必要があるでしょう。
海外の一流大学の無料講義であったとしても、
学ぶときに最も基本となる「本気度合い」を、学ぶ側にどう持ってもらうか、
深い試行錯誤をしていることをうかがわせてくれる記事です。
無料であることどうこうの是非より、
教育に何より必要なのは、学ぶ前の、学び手の思い入れです。
それを高額な価格によって持ってもらうか、
面談等で心理的なもので持ってもらうか、
有名な方に習うという、権威的なもので持ってもらうか、
カタチは様々あれど、
「覚悟」とか、「姿勢」とか、
そういったものが何より必要です。
寺子屋は、できればそこに「わくわく感」を付け足したいなとは、
思っています。
ごんぼっち