2012年12月30日

本物同士のみ、響きあう


今晩は、本日も粛々。



今の中2、上位陣の出来がいいので、

現在の県外受験する生徒や、高校生たちと、

勉強のイメージを語り合う機会を作っていました。



まぁ、中学生も2年生程度ですと、

周りの子に負けたくない

いい点を取りたい

程度のモチベーションなのですが、



寺子屋でも一目置くくらいの生徒になると、

点数を取ることは、知的好奇心を満たす勉強の延長線上にすぎない

くらいまで、勉強へのイメージが異なるわけです。



発端はこんな優秀な一言。

「では、僕らのレベルひとつ上は、どんなのですか?」



・・・ということで、

元石川県一位の常連。

現在京都大学医学部医学科の、この子しか、

この質問に答えられる人はいない・・・と思って、相談してみたら、



何と、京都から帰省ついでに来てくれました^^



さらに、

寺子屋一期生で、県外合格一号生まで来てくれて・・・




寺子屋最強の知の布陣が揃って、

勉強や進路の考え方について、ディスカッションしてもらいました。




話す方も、質問する方も、

こんなに刺激を受けることは、滅多にあるものじゃありません。

質問した方からも

「まさに、レベルが違う」

「2時間経っても、興奮が収まりません」


答えた方からも

「あんなに目をキラキラ輝かせて、勉強について語る子たちがいるなんて・・・
 同級生で会いたかったと思ったくらい」



ある一定のレベルに達した者同士にしか解りあえない、

聖域(サンクチュアリ)。

ある一定のレベルに達しない限り、存在すら感受することができない、

聖域。



2時間45分が、あっという間に過ぎ去ってしまいました。



寺子屋が理想としているのは、

このレベルです。




愚かな大人たちから、若いうちに頭でっかちになって・・・と揶揄されるかもしれない。

若いうちに頭でっかちになっておかないと、

大人になって経験を積んだ時に、

どうやって身体と心に、知を降ろしていくのでしょう。


経験でモノを語るのは、とても大切なことですが、

経験からしかモノを語ることができないのは、とても薄っぺらい大人です。



君たちはどんな目に合ったとしても、

頭と心と身体で乗り切っていく、

そういうひとかどの人間たちであると、私は確信を持って言うことができます。



君たちは、学校生活では、誰も自分の胸の内をわかってくれないと思うかもしれない。

大丈夫、君たちは一人ではない。

寺子屋は、

私は、

そういう子たちにとっての唯一無二の場所でありたいと思っています。


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君たちと接することができて、

私は本当に幸せ者です。



                      ごんぼっち


posted by ごんぼっち at 21:43| Comment(0) | 寺子屋の指導 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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