2016年04月02日
捉え方の資質
今晩は、本日も粛々。
小学校の頃、憧れていたひとり、清原選手が大変なことになりました。
では、野球をしている人は犯罪者予備群か?とは、当然ですがなりません。
乙武さんの不倫騒動がありましたが、
障がい者は節操が無いか?とは、立てても意味の無い問いです。
ですが、こと受験や学歴においては、そんな下らない偏見がまかり通ります。
東大生はコミュニケーション能力が無いとか、
いい高校・いい大学を出ても、ろくに就職できない人もいるとか。
まぁ、その程度の捉え方しか出来ない人は、
今現在の自分に満足していないからさもしい見方しか出来ないのであって、
目くじらを立てるのに値しません。
ですがひとつ大切な教訓を得ることができます。
行動範囲やアンテナが小さい人は、視野も狭いということです。
これを私の仕事に当てはめると、言わずもがな。
かほく市や金沢市という、田舎にいるから視野が狭いのではないのです。
アンテナがリアリティのある範囲にしか立てられていないから、
視野が狭いのです。
新高1生によくしている話があります。
東大や京大に束で合格者を出しているところは、
中高一貫校で、中3には高1内容を終えている。
そうでない日比谷高校などは、思考力を充分問う入試問題で選抜している。
しかもそれらの高校の授業は、たっぷりと知的好奇心を育て、
その余熱みたいな部分で点数アップしている。
もし君たちがいい大学を目指したいなら、
そういう人たちと同じ土俵に立つんだよ、と。
それを知っていて、宿題等に取り組むのと、
それを知らずに取り組むのでは、何が異なってくるか、
自ずと知れるでしょう。
リアリティがないから、へーだけで済ますこともできますし、
田舎もんらしく、そんな事しなくても立派な人間もいると、
敢えてドンキホーテみたいな主張をして、自分の価値観の殻に閉じこもることもできます。
異なった世界を感受出来ることを、器が大きいと、
その上で判断を下すことを知的だと、
言うのだと思います。
知的で立派な人間を育てて行きたいですね^ ^
ごんぼっち