2016年06月17日

安定志向


今晩は、本日も粛々。


気付いたら1週間ブログを更新忘れていました。
高校生の将来の夢や、
高校生の保護者の方が子どもに就いてほしい職業のデータを見ました。
公務員・医療関係がずらっと並んでいて、
高校生の女子に「アイドル」とあるのが微笑ましいです。

キーワードは、経済的安定。

とにかくリスクを背負いたくない・・・みたいなコメントが多かったです。
が、リスクの少ない人生ってあるんでしょうか?

私が小学校の時、バブル全盛でした。
両親が公務員だったので、私や家族の生活には無風に近かったですが、
しょっちゅう言われていました。
公務員なんて安月給で可哀想に・・・みたいな話。
中学校でバブルが崩壊して、バカにしていた人たちは手のひら返して言いました。
いいね、公務員は安定してて。
私の世の中に対する冷めた眼は、こういうところからも培われました(笑)。

高校のときには、つい10年前まで大学生の人気企業たちが、
ばったばったと潰れてたり、買収されたりしていきました。
で、最近では、
外資系企業どころか、
日本以外で働くのも普通の世の中。

公務員もこれから、クビになる世の中になっていくでしょう。
教員は少しは大丈夫かな?
数を減らしたいという財務省の思惑と、忙しいからもっと増やせという文科省の綱引き。
現在のところ財務省やや有利。

で、安定って何ですか?
誰かに雇われているということは、
会社が潰れるかどうかを自分で回避できないってリスクを背負っているわけですね。

いくら経済的な安定なんて言っていても、
大きな災害、テロ事件、戦争ひとつで全部吹っ飛ぶわけですから、
そう考えると、
安定を望むより、多少のリスクにへこたれない人になった方が、
よっぽど現実的だと思います。

昔の人はいいこと言いますね。
可愛い子には旅をさせよと。
昔でしたら、生命の維持自体が不安定でしたからね、
尚更なのでしょう。
若いうちに苦労させて、タフな子に育てなさい。

寺子屋生もそうなっていってほしいですね。


                             ごんぼっち
posted by ごんぼっち at 23:59| Comment(0) | 寺子屋の指導 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月24日

小学生がいい感じです。


今晩は、本日も粛々。


名門公立受験道場模試で、全般的に上位が多かったのが、
小学生でした。

低学年は比較的難しめのテキスト+パズル
高学年は同じく比較的難しめのテキスト+知的好奇心を刺激する仕掛けをちょいと。
小学校で大事だと思っているのが、
じっくり考えて、自力で答えを出す癖。

その成果が出始めているのか、
Bテストという、首都圏中学校受験レベルでも偏差値60越えが続出しています。
1名を除いて全員、
最初はBテストより簡単なAテストで偏差値60を切っていたんですよ。
そう考えるといい感じです。

今、中学校・高校内容はボリュームが多くなっています。
小学校のうちに、
無理の無い範囲で、国語算数はしっかりした考え方を、
理科社会は少しだけ覚えることを徹底させることで、
中学校で思考力中心の内容にスムーズに対応でき、
さらに中学内容の考え方を用いて、高校内容にさりげなく触れることができます。
これは美味しいですね。

テストや部活に追われる前に、
しっかりとした下ごしらえを行う。
中高生の片手間に小学生ではなく、
年6回京都に勉強に行って、全国の塾と意見交換して、授業時間もたっぷり取る、
本気で小学生に取り組むからこそ、
できる事柄です。


                             ごんぼっち

posted by ごんぼっち at 18:38| Comment(0) | 寺子屋の指導 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月21日

可愛い子には旅をさせよ


420.jpg

発売中のクラビズムに寺子屋低学年の講座について、
載っています。
早速次年度予約のお問い合わせがありました。
ありがとうございます。


今晩は、本日も粛々。

先日、可愛い子には旅をさせよということわざが、
「やっぱり旅行は大事ですね」という意味に解釈されているらしいと、
授業で扱っているテキストで読んで、
膝から砕け落ちそうになりました。
まぁ、イマドキ旅は昔ほど危険ではありませんから、
言葉は時代とともに変わっていくものですね。

そういえば、先日寺子屋生の担任の先生が、
「寺子屋通っているの?あそこはすごくいいとこ」とおっしゃっていたようで、
光栄だったのですが、
「厳しいんでしょ?」とも。
言葉だけでなくて、人も変わっていくようで、
可愛い子には旅をさせるのでしたら、厳しいことは歓迎されるべきだと思うのですが。
とはいえ、
寺子屋は当たり前の事には厳しいですが、
挨拶や集団授業の受け方、宿題への姿勢、点数へのこだわりなどなど。
それらさえ守れていれば、比較的自由です。

かつての進学校が持っていたような、
自律と自由。
こういう雰囲気や、
それらができるようになる前段階を意識しています。

それにしても、時代によって言葉が変わっていくのは当然なのですが、
辟易するケースもありますね。
一番困るのは「〜させていただきます」乱発です。
iPadを機種変更した時に、
では、申込書記入の確認をさせていただきます^^
と言われたので、思わず、
確認なのに気合入っていますね^^
と返してしまいました。
 註「させていただく」は、依頼されたことを受ける時に使う言葉。
 それ以外の時には確固たる意志を示す。
 〇「では3000円のコースでご用意させていただきます」
 ×「これからお話しさせていただきます」=仮に聞きたくなくても私は話す

寺子屋さんって、敷居が高いイメージがあるんですよ〜
何かウチに悪い事でもしたんですか?(苦笑)
寺子屋って、思ったより敷居が低いんですね〜
「敷居が低い」なんて日本語ありません^^;

あ、調子に乗り過ぎました。
今日はこの辺で失礼させていただきます(笑)


                            ごんぼっち

posted by ごんぼっち at 18:14| Comment(0) | 寺子屋の指導 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月20日

ニュー・シネマ・パラダイス


今晩は、本日も粛々。





寺子屋恒例、映画を用いた授業で、
久しぶりにこの、映画界に燦然と輝く名作中の名作を使いました。

この予告編でも最後の方に流れているテーマを聴くだけで、
涙腺が刺激されてしまいますね。

映画史上最も泣けるラストシーンですが、
未熟な中学生たちには、
キスシーンが好きなおませな子どもだった主人公のために、
人生の師とも言える映画技師の老人が死の間際にプレゼントした・・・
という、思わず膝から崩れ落ちるようなストーリーを描いてしまったようです(笑)。

ということで、
ストーリーやテーマの追い方をきっちり講義しておきました。
この場面で、こういう表情をしているということは、どんな気持ち?とか、
じゃ、この人はどんな人だと思う?とか、
そこから。

でもね、しょうがないのですよ。
今のドラマに、そんな深みのある見方ができるような演技が、
存在するのでしょうか?
なんとなく感動、なんとなく悲しい、なんとなくムカつく・・・の洪水で暮らしてきた
子たちに、人間の気持ちをいきなり理解するのは不可能です。

そういえば昔、
『強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話』で、
成績を上げるために、
子どもたちを映画・ドキュメンタリー・本漬けにするシーンがありました。
感受性と論理的思考は、こういう時に一致しますね。

せっかく映画史に残る最高峰の映画を使うからには、
1時間半かけて、丁寧に登場人物の心情を読み解き、
裏テーマについては、大学一般教養レベルの話をみっちりしました。
ちなみに、
生徒たちに使った表現を用いると、
「古き良き」共同体の崩壊した後の人々は、どのように生きていくか。
大学っぽい言葉を使うと、
ゲゼルシャフトからゲマインシャフトへ、近代人はどのように翻弄されるか。


                                  ごんぼっち

posted by ごんぼっち at 23:59| Comment(0) | 寺子屋の指導 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月06日

幸せなことです

チラシ1601.JPG

最近入っているチラシです。
たくさんお問い合わせいただき、ありがとうございます。


今日は、本日も粛々。

中3は直前対策をやっていますが、
本日扱った長文に、ノーベル平和賞を受賞したマララさんのスピーチがあったので、
国連での受賞スピーチを観ていました。

全ての女の子をはじめとした、子どもたちに、
初等教育だけでなく、中等教育(日本で言うと、中学と高校ですね)を!と、
熱く語っていました。

マララさんは思いもよらないでしょう。
先進国では、彼女らが命を賭けてでも欲しいこのような環境に対して、
「えー、勉強なんてしたくなーい」と言っている子たちが、
進学していることに。

世界で、特に女性が、
中等教育を、しかもある程度の質のものを受けられ、
しかもそれを自分の意志で選ぶことができる・・・というのは、
圧倒的少数派です。

そういう事実を知っていれば、
明後日、志望している学校の教室に座り、
入学できるかどうかテストを受けることができること自体が、
とても幸せなことだと、
理解できると思います。


想い、既に胸にあるも、
その成敗を問わず、
まして毀誉に惑わず。


こういう精神で、受験に臨んで欲しいと思います。



                                ごんぼっち


posted by ごんぼっち at 12:32| Comment(0) | 寺子屋の指導 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする