2019年06月14日

惇さんと陳さんと菅さん


今晩は、本日も粛々。


北陸学院の塾向け説明会でした。
石川県内高校改革の先駆け的な学校だけあって、
説明会では情報盛りだくさんで
私も行くのが毎回楽しみな説明会のひとつです。

私大の入試定員厳格化により、
3年前から私立大入試で異変が多数起きています。
そこから、
多様な入試に備えておきましょうという話だったのですが、
まぁ話についていける人が少なくて、
プレゼンテーターがかわいそうでした。

まぁ、石川県はまだましな方で、
太平洋ベルトと石川県以外でしたら、
ローカル情報しか知らない・興味がないという先生がほとんど。

私大定員厳格化は心配な点もたくさんありますが、
おかげで、
ここ15年くらいの、
そんなに勉強していなくても有名私大に入れるという、
バカバカしい状態に乱暴ながらにもケリをつけたという、
いい側面もありますので、

現役志向が強いくせに、
大して勉強もせずにのほほんとしていたり、
とにかく国公立大みたいな情けない風潮だったりに、
少しは波紋をもたらしてくれると、
私は歓迎しています。

さて、
そういうあたりを保護者会で少しお話ししたいと思っています。

もっと詳しい数字的な話は、
実は秋に特別講師をお招きする予定でございます。


ごんぼっち
posted by ごんぼっち at 22:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月06日

環境+努力 or 環境vs努力


今日は、本日も粛々。


南海キャンディーズの山里さんのご結婚、
そういえばこれだけ祝福に満ちた結婚のお知らせって、
いつ以来でしょうか。

寺子屋ブログで一度、
山ちゃんを取り上げたことがあります。


やる気に頼らない勉強法

やる気が無いことと、勉強しないことは、イコールではありません。
医者が、やる気が無いから今日は診察をやめるとか、
役所の担当者が、やる気が無いから今日の婚姻届けの受理はできませんとか、
あるわけがありません。

やる気より習慣に頼りましょう。
ある一定の習慣ができるまでは、必ずやり続ける。
そうすると、勉強しないと気持ち悪いと思えるようになったら、
もう最高ですね。

点数がいいから、親が褒めてくれるから勉強するといった、
目的と手段をはき違えるようになると、
せっかくの勉強の面白さから遠ざかります。


で、せっかく取り上げるのが二回目なので、
今度は別の角度から。

記事の前半、「陰で支えてくれた兄、気持ち入れ替え」の部分です。

3年半前ほどのこの記事を見たとき、
山ちゃんって賢いなぁと思うようになったのです。
賢いとは、
「自分が何のおかげで支えられているか、分かっていること」だと、
私は勝手に定義しているのですが、
これは大事なポイントです。

そういえばかつて、

>がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、
>あなたがたの努力の成果ではなく、
>環境のおかげだったことを忘れないようにしてください。

という文言に対し、
自分たちの壮絶な努力を否定されたと感じた東大生男子が多かったようです。

それを見た、私と妻は意見が偶然一致して、
「今まで、『よく頑張ったね』と甘やかされて育てられたんだねー」
でした。

昔の話、
受験で不合格だったが合格発表日当日に報告してくれて、
私はこう答えました。
「今日はずっと凹んでてもいいから、明日からまた頑張りましょう」と。
実際、翌日から猛勉強を始めたそうで、
お家の方が戸惑っていました。

後日、本人に聞いてみると、
「受験に挑戦できたのは、
 親が塾に行かせてくれたり、
 進路を応援してくれたおかげだから、
 頑張る以外に選択肢が無かった」
と殊勝なことを言っていました。

「あのね、そう考えられること自体が、本当は素晴らしいことなんだよ」
「え?普通じゃないですか?」
「君は『頑張るしか選択肢が無い』と言ったけど、
 親や環境のおかげと思っていない人には、実はもうひとつ選択肢があるんだ」
「もうひとつですか?」
「うん、それは

 気持ちが前向きになるまで、落ち込んでいる

 という選択肢」


「自分が何のおかげで支えられているか」をわからない人は、
努力と環境を対立事項として考えます。
つまり、
環境のおかげ=君の努力ではない、と。
そういう人は、
一度自分の力でやってみたいなんてたわけたことを言います。
私もそういう時期がありましたので、
よくわかります。

生まれた家や理解ある親・先生・友人というのも、
個人の才能の一部ですよ。
ただ、
才能を活かすことは、とても難しいですよ。

今は亡きお世話になった塾の先生が、
底抜けのアホだった当時の私にかけてくれた言葉です。


あ、ご結婚おめでとうございます^^
尊敬できる人と一緒になりたい、
ご主人を一生懸命支えたいなんて、
素晴らしい奥様ですね。
福岡県出身で、さらに芸術学科出身なんですね、蒼井さんって。

私の妻と似ていますねー、
じゃ間違い無いですよ(笑)。


ごんぼっち
posted by ごんぼっち at 18:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月01日

寺子屋文庫、追加書籍


今晩は、本日も粛々


わさっと本を買ってみました。

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はたらく細胞、細菌あたりは人気が出そうですね。
個人的に推しは、
はじめての数学・物理です。
フルルビで、小学生にもベクトルや虚数が理解できるようになっています。
理科の調べもの用図鑑を二つに、

高校生用に
筑摩の歴史講義シリーズ、
快楽ヒストリエ、
浅田彰の逃走論、
姜尚中の悩む力、
野矢茂樹の論理くん、
科学の女性差別とたたかう

を置きました。


さて、

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こちらもいい感じで準備中です。
妻が買ってきたもので、
さささっと作ったリースです。
こんなに簡単にできるんだーと、
ちょっと吃驚。


ごんぼっち

posted by ごんぼっち at 21:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月05日

土地の息遣いを知る


今晩は、本日も粛々。


Twitterに呟いたとおりにフラフラ歩いていたのですが、
折角なので、
妻の学生時代の友人たちに会うのを勧めました。
なんせ、
究極のマイペース夫婦なので、
友人も数年放っておくのもザラ。

久しぶりの再会をお邪魔しないようにしているうちに、
妻の実家がある地域のルーツを調べていました。

三井三池炭鉱とともに隆盛を迎えた北九州工業地帯は、
どこの地域もそうであるように、
光が強ければ強いほど、
影も大きいもので、
その両方をなるべく理解して、
その土地に住んだ人の考えを、
少しでも理解したいと思っています。

影があるから悪いみたいな、
短絡的な思考ではなくて、
光だけ眺めても、
人間の本質には全く近づくことができません。

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奇しくも福岡市立美術館で開かれていた、
英国で活躍するインカ・ショニバレさんの展示。

人形が着ている服は、ショニバレの故郷であるアフリカを植民地支配していた、
イギリスがルーツで、
東南アジア経由でアフリカに渡り、
今でもアフリカで人気のある衣服。

そして人形に頭には地球儀。
撃っている銃からは花。

植民地時代の受苦の叫び以外の、
支配被支配という対照以外の、
何かを伝えようとしているみたいです。


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まぁ、そんな感じです。

新大牟田駅にあった団琢磨の銅像、
福岡市立美術館にあった広田弘毅の銅像、
彼らも評価が分かれる人たちですが、
影の部分以外も評価され、
かといって、影の部分をなかったことにせず、
そういう営みって、大切だと思うのです。


ごんぼっち
posted by ごんぼっち at 21:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月29日

リハビリテーション


今晩は、本日も粛々。


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アート書道アワードに行ってきました。
妻がうまいこと表現していまして、

芸術はその作家さんが全部出ちゃうから、
その裸で勝負している空間が、
とても居心地が良い

ほんとその通りで、
作家さんの葛藤や悩み、コンプレックスまで
伝わってきてしまうときがあります。

仕事をしていると、
頭脳みたいな部分ばかりを使って、
感性がおいてけぼりになってしまうことや、
生徒たちの目線でも伝わるように意識しすぎて、
自分自身がテーマにしていることがなおざりになることが、
往々にしてあります。

書道は、字を美しく書くものという、
常識から大きくはみ出たような作品なんて、
特にいいですね。

文字が持つ意味を超えて、
イメージや想いがじわーっと染みこんでくる感じです。


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さて、青山でイッセイ・ミヤケで少しだけ買い物をして、
学生時代からよく通っていた中華料理屋さんへ。

寺子屋生には授業中、
寧波(ニンポー)湯団子のお話をする事があると思いますが、
そのお店です。

私の母親と同年代のマスターなんですけどね、
毎年のように新しいメニューを増やしていて、
探究心が尽きることがありません。

自分の営みを、わざわざ言葉で飾る必要はないんです。
分かる人に分かれば、それでいいんです。

誠実な仕事をしたいとわざわざ喧伝している人は、
本当に誠実でないと自分で分かっているから喧伝せずにいられないのですし、
人を貶すのは、疚しいところが自分にある時です。

私もそろそろ、塾で教えるようになって、
19年目に入ります。
マスターが独立してからの年数に、
まだ少し足りません。

こうやって心をリハビリしていくのが、
私にとっての、この期間での旅のイメージです。


ごんぼっち
posted by ごんぼっち at 23:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする