2016年11月06日

勉強って、立派なことですか?

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プチクラビズムにほんわり寺子屋が登場しています。


今晩は、本日も粛々。

11月は報恩講という、宗祖親鸞聖人のご命日の法要を、
営むことが多いです。
ご家庭に行って、普段よりゆっくりお話しできる機会がありますので、
普段より忙しくなりますが、
故人がどんな方だったか、どのような想いで日々過ごされているか、
私自身のお寺や地域への想い、
そういうことに触れられる機会ですので、
楽しんで過ごせる時期です。

そこで一番声がかかるのが、
塾生の皆さんが頑張っておいでて、素晴らしいですねという話です。
特にこういうお話しをしてくださる方は、
小学生の頃戦争で、勉強より勤労奉仕で、
ろくに勉強させてもらえなかった方や、
自分の親御さんがそうだったという方が多いので、
塾をやって良かったと思う時です。

生徒やその保護者の方に向けては、ちょっと異なる感覚でいます。


勉強をしていることって、そんなに立派なことですか?


一番こういうのを思う時って、
生徒が何かの言い訳をする時に、
学校の宿題が多くて、何々できませんでしたとか、
テストが近いので、何々できませんとか、
学校で残って勉強していたので、来校できませんでしたとか、
勉強をしていたことを何かの免罪符にした際です。

例えば、学校の先生が業務時間以外に、
授業に関わることや学校・学級運営について勉強している。
医者が休日に、治療法や症例について勉強している。
会社員が業務時間以外に、新たに資格を取得したり、業界のことについて勉強している。

当たり前ですよね?
もっと正確に言うなれば、そういう勉強をしていない人は、
こういう職業の人って、ダメだよね?と評価される典型例で、
そういう勉強をしている人は、
成功していたり、派手でなくても長く活躍している方です。

ですから、勉強していたり、ある程度の結果を出していたりごときで、
さも偉そうなことを言っている生徒を見ると、
おいおいと思ってしまうのです。

勉強をするようになって嬉しいという保護者のお話を聞くと、
喜んでおいでなのを嬉しく思う反面、
早くそれが当たり前になってほしいなとも思います。

お説教された後の行動が早かったり、
その行動が長続きしたり、
勉強の工夫を凝らすようになったり、
知的好奇心が今までなかったところにではじめたり、
自ら考えて行動するようになったり、
こういう点を素晴らしいと考えたいと思っています。


ごんぼっち
posted by ごんぼっち at 23:59| Comment(0) | ちょっと思ったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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