2013年02月12日

沈黙する羊たち


今晩は、本日も粛々。



沈黙する羊たち。

私たちの頃から言われていました。


いろんなセミナーや勉強会で、

質問はありませんか?と言われて、

沈黙する人の多いこと。



何をしているんでしょうか。

学びの場に出てきたのは、自分の意志です。

学びを自分の身近に引き寄せる程度のことは、

講演者の責任ではなく、

自分の仕事です。



寺子屋の生徒たちには、

こういう学びの姿勢を、どう身に付けてもらうか。


点数を取る。


そういう行動を通じて、

どうそれを考えてもらうと、

毎日毎日、苦慮しています。




勉強は、学生の本分。



確かにその通りなのですが、

その本分とやらが、

どれだけたくさんの概念に支えられているか。



歩道に敷き詰められているブロック。

色が付いているブロックだけ、ぴょんぴょんと踏み歩く。

こんなこと、子どもの時によくやったと思います。

当たり前ですが、こんなの、誰にでもできます。



これが、もし、

すごい勢いで流れる渓流の上の、飛び石だったら。。。



勉強はその石みたいなものなんです。



しっかりとした地面の上に支えられて、かろうじて、成り立っているものだと、

私はイメージしています。


それくらい、

脆弱で、繊細なものなのですが、

それを理解している人は、とても少ないのです。



それをどうやって、

ひとつひとつ積み重ねていくか。



その中のひとつに、

★好奇心

★克己心

といったものは欠かせない要素のひとつなのです。




私の出身大学でも、こんなことがありました。

海外にフィールドワーク(実地調査)に行ったゼミがありました。


農村を歩き回って、

現地の人にインタビューをして、

レポートをまとめるのですが、


現地の人にお話を聞いたあと、質問ゼロ。


で、先生に提出された感想文には、

「たくさん歩いて辛かった、でも頑張った自分を褒めたい」

という感想が多数踊っていたそうです。



ブチッ!ときた先生は、



その夜の御飯で、バロット完食しないと寝てはいけないという課題を課しました。










バロットというのは、











バロット.jpg

孵化寸前の鳥の卵です(笑)。

ベトナムで食されているデザートです。




私にも、これくらいのユーモアが必要ですね。





                             ごんぼっち


posted by ごんぼっち at 23:59| Comment(0) | 寺子屋について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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