2016年10月26日

後伸び力

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現在発売中のクラビズムに、ほっこり寺子屋登場中です。


今晩は、本日も粛々。

寺子屋が低学年指導を行うようになったきっかけは、
日頃生徒たちを指導していて、

★一生懸命頑張っているのに、これ以上伸びないと実感する生徒が一定数いる

★本質的な勉強をしていなくても泉丘程度なら合格してしまう

ということに、なんとかしなければ、、、と、
ずっと思っていたからです。

今回は後者について。
本来であれば、その学校にふさわしくない学力や勉強のやり方をしていれば、
入試の選抜で不合格になります。

しかし、私の頃から同年代人口は半分になっているのに、
泉丘・二水の定員はほぼ変わっていないので、
私たちの頃より、能力的に劣っている子が入りやすくなります。
このまま手を打たずにいけば、その末路は、
過疎地域の進学校のように、
平均点レベルから東大レベルまでが同じ学校に在籍するという、
進学校ならではの校風を作ることが難しい状態になります。
つまり、せっかく進学校に進学したのに、上位生ほど息苦しい校風になります。
昔でも泉丘や二水の上位生は、
東大などの有名大学に入った後、
「高校は自由ではなかった、大学が楽しくて仕方がない」と言ったものですが、
今は尚更でしょう。

私の実感数値としては、
偏差値65くらい、泉丘ギリギリから二水レベルくらいまでは、
我武者羅な努力で何とかなるのですが、
高校や大学に入学してからの
「後伸び力」みたいな部分をしっかりつけて欲しいなと思います。

それは進学校にふさわしい、行動を採ることができるという意味でもそうですし、
知的な部分でもそう思います。

学力を、器の大きさとそれを満たす水の量で喩えます。
大量演習やテスト対策みたいな部分は、イメージでいうなれば、
今ある器にたっぷりと水を注ぐような行為です。
授業していて思うわけです。
この子はとても頑張っているが、これ以上は伸びないだろうなと思う時が。
今以上の学力を身に付けるためには、
水の量はもうつるつるいっぱいで溢れそうになっているので、
器を広げる状態であると。

では何をすれば、器が広がるのか?という部分が大切になってきます。
入り口は「成績アップ・進学校合格」を看板にしていて、
実はそういう、即得点に結びつくわけではないところにも着手する、
こういう進学塾のタイプを作りたかったのです。

そう考えると、かほく市に塾を構えること自体がクレイジーなのです。
ですから私は、東京で独立をするかで迷いました。
前回の記事にまとめたように、地方都市の最高のメリットは、
>中学校受験熱が大都市ほどの熾烈ではありません。
>中学校に入って部活漬けになる前に、
>高校入試までの間に、
>点数を取るという、学力をつける際のおまけ部分にスポットライトが当たるまでに、
>じっくりこういうことが出来ます。
というところです。

ですので、昨年東京からゲストを招いて講演してもらった時に、
「東京で最先端の論理を鍛える塾と、雰囲気がそっくりだ」と言ってもらえ、
附属で成績優秀だった女性二人からも、同様の事を言ってもらえました。
分かる人には分かるんだなと思いました。

そういうことを低学年のうちから、
じっくりと育てていきたい、と心から思うわけです。

よくこのあたりでは、小学生で塾に通おうものなら、狂人扱いされます。
勉強のイメージが、大人ですら、
これから必要とされるような、
答えの無い問いに、じっくりと取り組む・・・という考えではないのですね。
答えの無い問いにじっくり取り組むなんて、
普通わくわくするものだと思うのですが。

勉強の本質的な楽しさを知れば、
テストの点数も、これから求められている力も、身に付くのですが、
肝心の大人たち自体が、テストの点数という表面的な意味に踊らされて、
(泉や二水に行ったら、国公立くらいはいかなくては!
 学校は受験対策をしっかりしてください!なんてね)
学校が本来やるべきことを削いでいます。

塾はじっくり、
点数と「後伸び力」を見ていこうかなと思います。


                             ごんぼっち

posted by ごんぼっち at 23:59| Comment(2) | 低学年用の指導 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする